文五郎の居場所
彦蔵の手下が、文五郎を探しています。
手下の男は、居酒屋で会った爺さんに三両握らせて文五郎が本所石原町の大黒屋という旅籠にいると聞き出すと、その爺さんを刺し、三両を拾い集めて逃げました。
瀕死の爺さんは、番屋まで這い、事情を話します。
爺さんの知らせにより、文五郎が大黒屋にいることは、火付盗賊改めも知るところとなります。
平蔵は、文五郎を泳がせ、彦蔵一味を誘い出すことにしました。
彦蔵捕まる
ある日文五郎は、寺の境内で落針の彦蔵と対峙します。
坊さんに化けて文五郎の様子を伺っていた平蔵が加勢し、文五郎は逃亡に成功。平蔵は、彦蔵を捕まえました。
しかし彦蔵は頑固な男で、盗賊改めの苛烈な拷問を受けても自分の名すら明かしません。
舟形の宗平の協力
平蔵は、舟形の宗平を呼び、捕まえた男が彦蔵という名で、畜生働きをするので評判の悪い男だと教わりますが、彦蔵と文五郎の因縁までは分かりません。
宗平は平蔵の古い密偵ですが老齢で始終咳をしています。
身体が悪いのは明らかで起きているのも辛そうです。
平蔵は、宗平に「泊まって行け」と言い、台所には宗平のために特別に料理するよう言い付けました。
宗平の枕元に座る平蔵は、「彦蔵のような小物はどうでもいい。雨引の文五郎に会いたい」と話します。
その夜宗平は、牢番を縛り上げ、彦蔵を逃がします。
もちろん平蔵と打ち合わせた芝居です。
逃げる彦蔵を五郎蔵らが尾行し、一味の居場所が分かりました。
「彦蔵は必ず文五郎を見つけ出す。文五郎を殺しに行ったその時、ふたりとも捕まえる」
これが平蔵の策です。
おまさ、犬神の権三郎に気付く
彦蔵らの新たな隠れ家に男がやって来ます。
おまさは、その顔に見覚えがありました。
昔の盗賊仲間おしげの亭主、犬神の権三郎です。
雨引の文五郎は平蔵の前へ
権三郎は、文五郎が千住へ逃げたことをを彦蔵に知らせました。
わざわざ調べてのことでしょう。なぜそうまでするのか、この時にはまだ分かりません。
彦蔵らが千住に向かったと聞き、盗賊改めも後を追います。
すぐに彦蔵が文五郎の寝る旅籠を襲い、潜んでいた盗賊改めに一網打尽に捉えられます。彦蔵は斬られて死にました。
物陰に隠れていた文五郎は、自ら平蔵の前に出てきます。
平蔵に命を助けられたのはこれで二度目。もう逃げるわけにはいかないと覚悟を決め、静かにお縄を頂戴する文五郎でした。
宗平の願い
これで宗平の仕事は終わりました。
「ゆっくり養生してくれ」と言う平蔵に宗平は、「長屋へ帰りたい」と申し出ます。
「もう長くない。盗賊改めの犬になり役宅で死んだと後ろ指を刺されたくない。最期はひっそりと、ふさわしい場所で死にたい」
手を合わせてそう懇願する宗平を引き留められません。
舟形の宗平は、貧しい長屋へ死にに帰ります。
密偵文五郎
牢の文五郎は、平蔵の密偵になるよう打診を受けています。
宗平もそれを望んでいると聞いて文五郎の心は決まりました。
おしげとおまさ
おまさは偶然を装っておしげに声を掛けます。
「犬神の権三郎と一緒にいるけれども生き死にを共にしたいほどでもない。おつとめにはうんざりして今は盗みをしていない」
そうおしげは話します。
「五日前に権三郎が彦蔵といるところを見た」とおまさから聞いたおしげは、驚いた様子です。
権三郎が彦蔵に文五郎の居場所を教えたことを知らなかったのです。
権三郎の秘密
おしげから「彦蔵に文五郎さんを売ったのかい」と問い詰められた権三郎は、昔の話を打ち明けます。
何年も前、一緒におつとめをしたときのことです。
文五郎の見立てでは三百両盗れる仕事でした。
しかし実際に盗み出した金は六百両。
権三郎は、それを文五郎に隠し、余分の金を懐に入れたのです。
文五郎がいつそれに気付くか分からず、ならば早く死んでくれれば都合がいいというのが、文五郎を売った理由でした。
権三郎捕まる
「道理に合わぬこと」とおしげに責められ、ひとしきり暴れて家を出て行った権三郎は、盗賊改めに捕まります。
誰も、文五郎が権三郎のしたことを知っているのかどうか分かりません。
でももう権三郎は牢につながれています。
文五郎に確かめるよりも権三郎の詮議が先だと、この時平蔵はそう言い、与力らもそれがいいと考えたのでした。
翌日。
文五郎が権三郎の家に会いに来ました。
おしげから「権三郎が捕まった」と聞くと文五郎はすぐに帰りますが、帰りがけにおしげに「本所四ツ目の宗平という爺さんを時々見に行ってやってくれ」と頼み、小判を一枚置いて行きます。
付け火と牢抜け
その夜、盗賊改めの牢で火事が起きます。
こんなところで火が出るはずがなく、付け火に違いありません。
火事の混乱に乗じて牢へ忍び込んだ文五郎は、権三郎を牢から逃がしました。
「なぜ俺を助けた」と聞く権三郎に「ゆっくり話したいことがある」と言う文五郎は、「雑司ヶ谷の桶屋で待ってる」と伝えてどこかへ消えていきます。
権三郎の邪推
権三郎は、家に駆け戻り、床下に隠していた金を堀り返しています。
文五郎が権三郎に上前をはねられたことを知り、仕返しのために牢から引きずり出したのだと、権三郎はそう考えたのです。
権三郎は、掘り返した金で浪人を雇って「文五郎を殺せ」と指図します。
おしげ、宗平の長屋へ
権三郎の計画を知ったおしげは、本所へ走ります。
頼れるのは宗平という爺さんしかいません。
宗平の家の表戸を激しく叩き、転がるように部屋へ駆け込むと「文五郎さんが殺されちまう」と半狂乱になって叫びます。
宗平には、なぜ権三郎が文五郎を殺すのか分かりません。いきなりやって来たこの女が誰なのかも知らないのです。
おしげは、「文五郎と権三郎の落ち合うのは、昔の仲間の家だ」と言っています。
宗平はその家がどこか知っています。
そこでおしげにはすぐにそこへ行って文五郎に知らせるよう言い、自分は、杖にすがって平蔵のもとへ向かいます。
宗平、役宅で死す
平蔵に「文五郎が権三郎に殺される」「雑司ヶ谷の竹置き場の先の桶屋だ」と伝えるのが精一杯でした。
「役宅で死にたくない」
平蔵も叶えてやるつもりだった宗平の最後の願いは果たされませんでした。
桶屋襲撃
桶屋で権三郎を待つ文五郎のもとへやって来たのは、おしげでした。
「権三郎が殺しに来るから逃げて」
それだけ言うと、わけを説明する暇もなく立ち去ろうとするおしげは、家の外で権三郎に見つかり、背中を斬られて死んでしまいます。
なぜ権三郎が自分を狙うのか分からない文五郎でしたが、刀を抜いた浪人たちが権三郎を先頭に乱入して来ては逃げるほかありません。
竹林で敵に囲まれ絶体絶命となったその時、盗賊改めが到着し、権三郎は再びお縄にかかりました。
静けさの戻った竹林で文五郎は、平蔵の前に跪きます。
そして、宗平がここを教えるために役宅へ行き、そこで死んだと知ると、匕首で自分の腹を刺して自害しました。
文五郎が権三郎を逃がした理由
お白洲では権三郎が、「文五郎が先に殺そうとした」と言い張っています。
でも文五郎は、権三郎が金を懐に入れたことなどまるで知りませんでした。
権三郎を助けたのは、亡くなる前のおきぬのところへ三両の金を置いて行ってくれたからです。
文五郎は、その恩を忘れていませんでした。
「だから一度は助けて五分と五分。次に会ったときは遠慮なく捕まえる。文五郎はそういう男だ」
平蔵は、そう言って聞かせ、そんな文五郎の心が分からなかった権三郎を「哀れな奴」だと言いました。
宗平の葬儀
宗平が、文五郎と並んで眠っています。
遺体は長屋へ運ばれ、焼香するのは、五郎蔵とおまさ、粂八、伊三次だけ。
宗平が望んだとおりのひっそりと静かな葬儀です。
鬼平犯科帳スペシャル「雨引の文五郎」の感想など
「鬼平犯科帳」で何度となく取り上げられる「善人が気付かずに悪いことをすることもあれば、悪人もうっかり善いことをする」という人間観が、具体的な形で現れた話でした。
でもこの物語の中ではうっかりやった善行が悲劇を呼んでしまいます。
平蔵が権三郎に言う、心が欲で曇った者には他人の行為も欲得ずくにしか見えないのだという言葉が印象的です。
人は自分の心にあるものしか感じ取ることができません。
恩義を重んじる気持ちを想像すらできず、欲や恨みだけが人を動かすものと思い込む権三郎を平蔵が「哀れな奴」と表現してくれて、少し気持ちが収まりましたけれど、おしげまで死んでしまって、やりきれない気持ちが残ります。
おしげに権三郎と別れて新しい人生を生きる勇気があったら…と思わないではありません。でも、もしも殺されなかったら、権三郎がつかまることこそおしげが出直す絶好の機会でした。