「MAGI-天正遣欧少年使節」第4話リスボン篇あらすじ感想-フィリペ2世と信長の刀

2019年2月16日

MAGIマギ天正遣欧少年使節てんしょうけんおうしょうねんしせつ」第4話のあらすじと感想など。

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「MAGI-天正遣欧少年使節」リスボン篇あらすじ

※リスボン篇とは第4話のことですが、以下のあらすじには5話の冒頭が含まれます。

話の都合上そうしたのですが、5話未見の方はご注意ください。

リスボンの大司教

日本を出て2年6か月がたっています。

船は喜望峰を回り、リスボンへ着きました。

少年たちは大司教に謁見します。

マルティノがラテン語で大司教と神への礼を述べると、大司教は形ばかりの拍手をし、「君は意味が分かっているのか」と問います。

ラテン語は深い教養のある人間の使う言葉で、東の果ての国の者に理解できるはずがないというのが大司教の理屈で、浅はかな真似はやめろと言うのでした。

腹に据えかねるマンショは、「自分が一番偉いとでも思っているのか」言い返し、謁見は険悪な雰囲気に。

大司教は、ヴァリニャーノがイエズス会で力を持つことを嫌い、4人のヴァチカン入りに反対しているのです。

なら謁見もしなければいいじゃんね。と思うのですが…

スペインのフィリペ2世

その夜少年たちは、杭に括り付けられた異端者たちが火あぶりの刑にされているのを見ます。

わざわざ4人を馬車から降ろしてそれを見せたメスキータは、カトリックの力を思い知らせようとしたのでしょう。

ルターの名前すら知らなかった少年たちは、カトリックの現実を知って衝撃を受けると同時に、そんな時にローマへ向かう危険に怯えます。

次に彼らが会うのは、フェリペ2世

MAGI天正遣欧少年使節フィリペ2世
フィリペ2世PublicDomain

世界に領地を広げ、太陽の沈まぬ帝国と呼ばれたスペインの王は、プロテスタントの大量処刑を命じた王でもあります。

4少年は、かみしも姿で王宮へ上がりました。

信長からフェリペ2世に献上された日本刀でかたを披露するのは千々石ちぢわミゲルです。

当時は日本刀の秘めた実力など知られていない時代ですが、優雅な日本刀と静謐な形に喝采が起こり和やかなムードが広がります。

でもその時、脇に控えていた男が音もなく隣の男の脇腹を刺し、そのままどこかへ連れて行くのをマンショは見逃しませんでした。

殺人劇を目で追うマンショに気付いたフィリペ2世の顔つきが険しくなります。

王の役目とイエスの愛

フィリペ2世がマンショ一人を御前に呼ぶので、何かが気に障ったに違いないと、メスキータは真っ青です。

フィリペ2世はマンショに「部屋へ入った来た時から私に目を向けてきたのはなぜだ」と尋ねます。

信長とどこか似ていたからだ、自分がこの旅に出たのは信長に問いを託されたからだ」と説明するマンショ。

ヤバい予感…

「王にお聞きしたい」

まさか…

「自分を信じてまっすぐ生きるとはどういうことか」

あーあ…

フィリペ2世は答えます。

「向かってくる敵を倒すこと。その力があると己を信じることだ」

一定の説得力のある言葉です。王とはこうあるべきとさえ思います。

でもマンショは納得できません。フィリペ2世は熱心なカトリック信者でもあるのです。

汝の敵を愛せ。イエスはそう言われたのでは?

やっちゃったよ、この人は。

マンショはここへ来る前に異端者の火あぶりを見て、ここでは談笑のさなかに男が殺されるのを見ています。

真実を求める十代の少年にこの矛盾が見過ごせるはずがありません。見過ごせとも言いません。

でもさ…通訳のドラードの立場も考えてあげて!

名もなき少年から思いもよらぬところをえぐられたフィリペ2世は、今起きていることが信じられないといった顔つきです。

「あなたはイエスに背いている」

マンショの一段と強い口調にもう通訳は不要でした。

フィリペ2世は、マンショを異端者の送り込んだ密使かと思ったようです。

無理もありません。

フィリペ2世にとっては、世界は自分のものであり、歯向かう者があるとすればプロテスタントの他にないと考えて当然でしょう。

でもマンショには王の力は関係ありません。

信長への思慕も、地位や権力に対するものではありません。

マンショにとって信長が特別なのは、彼をひとりの人格と認め、男と男の話をした初めての大人だったからです。子供とは、そういうものです。

信長の刀に助けられるマンショ

フィリペ2世はとうとう日本刀を抜きました。

喉元に真剣を突きつけられても顔色一つ変えないマンショにますます王は怒り、斬りつけてきます。

マンショがそばにあった燭台で刀を受けると、燭台がふたつに折れました。

フィリペ2世は、日本刀の強靭さに驚き、毒気を抜かれたようにその刃を眺めでいます。

「この刀を贈った者に会いたい」と言う王は、信長が謀反で死んだと知ると思案顔になり、とても意外なことを話し始めます。

「マンショたちは行く先々で歓迎されるだろうが、歓迎されればされるほど行く手を阻む者も増える。歓声の裏には同じだけの憎しみが潜む。王であるとはそうことなのだ」

自分の威光の届かぬ場所もあり、自分を憎む者もいると言っているのです。

ある意味、自身の弱みをのぞかせる言葉です。

今フィリペ2世は、玉座を降り、心にある本当のことを話しています。

立ち去る王の背中を見送るマンショの顔にはもう戦闘の色はなく、素直な表情には別れを惜しむ気持ちすら感じられます。

フィリペ2世はやはり、信長とどこか似た人でした。

ドラマのふたりがってことですよ。信長もフィリペ2世も知り合いとかじゃないので(笑)

「MAGI-天正遣欧少年使節」リスボン篇感想など

王の苦悩を語るフィリペ2世が印象的です。

あの場面は100%創作と思いますが、古い時代の欧州では、宗教によって民心をまとめる必要があったでしょうし、宗教改革の勢力が頭の痛い問題だったのも事実でしょう。

マンショは、プロテスタントではありませんが、カトリック教徒でもありません。

信仰はまだ彼の中で保留にされています。

マンショがフィリペ2世にぶつけた疑問は、挑戦的な雰囲気を帯びてはいますが、彼もまた悩んでいるのです。

イエスの愛とは何か。

探求する旅でマンショが見てきたものは、信仰の理想とはかけ離れたものばかり

子供の頃に親から生き方を学ぶことができなかった少年は、どう生きたら良いのか分からず、道を探してもがき苦しんでいます。

でも、たとえ親がいても、それがどんなに立派な親でも、青春の戦いに手を貸すことはできないのです。

もがき抜く以外ありません。

5話はこちらに