「MAGI-天正遣欧少年使節」第10話最終回あらすじ感想-問い続けるということ
「MAGI–天正遣欧少年使節」最終話のあらすじと感想など。
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「MAGI-天正遣欧少年使節」最終話あらすじ
教皇がジュリアンに語る「祈り」
教皇が中浦ジュリアンにも会うと言ってくれたと聞き、ジュリアンとドラードは聖堂へ急ぎます。
ローマ法王は、謁見は3人だけという指示を知らなかったのです。
法王はジュリアンに言います。
祈りとは答を得るものではない。問うことが祈りなのだ。
感極まり法王の足にキスしようとするジュリアンを法王が止め、ジュリアンは抱擁を受けます。
法王の答によっては、心のイエスを捨てると言っていたジュリアンの迷いは消え、彼は問い続ける人生を歩んで行くことでしょう。
ゴアのヴァリニャーノとメスキータ
一行は帰路につきます。
今度の船には奴隷は乗っていません。
ゴアではヴァリニャーノが待っています。
帰って来た4人を見て「しっかりした顔になった」と感激するヴァリニャーノと、「見飽きた顔だ」と鼻白むメスキータ。
でも実はこの時までに、メスキータの4人を見る目は変わっています。
ヴァリニャーノは、4人に会うよりも前に少年たちの感想を捏造した報告書をイエズス会本部へ送っていました。
「西洋は素晴らしく日本は貧相でみじめ」
「黒人は奴隷として仕えるために生まれたと言うのは本当のことです」
ヴァリニャーノは、日本の少年がイエズス会の望むとおりの考えを持ったように見せかけたのです。
少年たちの成長を間近で見ていたメスキータは、4人を持ち駒のように使うヴァリニャーノのやり方が許せないふうです。
元々ヴァリニャーノとの関係の良くないメスキータですが、この時は、少年たちのために怒っているように私には見えます。
キリシタン弾圧下の日本へ
日本ではキリシタン弾圧が始まっています。
布教を禁じられたカブラルがスペイン艦隊を日本へ向ける準備をしているとの情報が入り、日本へ布教に赴いていたバテレンたちはゴアへ引き揚げて来ます。
信者を見捨てて帰るのかとバリニャーノは憤慨し、ひとり長崎へ向かうと決心しました。
少年たちには「ゴアで待て」と指示します。
今日本へ帰れば危険な目にあうので来てはいけないと。
旅で学んだことを日本へ伝えようとする彼らの熱意は、ゴアの地で消える運命だったのでしょうか。
出発の朝、港へと向かうヴァリニャーノの後ろから4人が歩いてきます。
「来るな」というヴァリニャーノを追い越し、少年たちは進んでいきました。
「MAGI-天正遣欧少年使節」本編はこれで終わりです。
「MAGI-天正遣欧少年使節」10話最終回感想など
私はクリスチャンではありません。十字を切ることもロザリオを握ることもありません。これからもしません。一生しないでしょう。
でも法王の「祈りとは問うこと」と言う言葉を聞いた瞬間からボロッボロに泣いてしまいました。
私はずっとずっとその言葉を聞きたかったのだとさえ思いました。
誰もがそうであるように、私も正しい生き方について考えてきました。
大人になり、どうやら生き方に正解はないらしいと思うようになると、では何歳になっても、どれほどの経験をしても、正解の分からない未熟者でいるほかないのかと愕然。
そんな心もとない自分に不安を感じながらも、簡単にああするべき、こうするべきとはとても言えず…人生の謎は深まる一方。
「祈りとは答を得るものではない。問い続けることが祈り」
この言葉が私には、「生きるとは問い続けること」と聞こえたのです。
問い続ける。
問い続ける。
生きていくとはなんと難儀なものでしょう。
でも問い続ける。
ないと分かっている答を探し続ける。
それが人間の使命なのでしょう。
その後の4人についてはこちらに