第二次世界大戦終盤、ハンガリーでもホロコーストが起きていました。
「ウォーキング・ウィズ・エネミー ナチスになりすました男」は、ナチスの親衛隊に変装してユダヤ人連行や処刑の現場に現れ、人々を救った実在の人物ピンチョス・ローゼンバウムをモデルに作られた実話ベースの創作作品です。
ウォーキング・ウィズ・エネミーの登場人物
ユダヤ人
エレク・コーエン
主人公
ブダペストでヨージェフのレコード店で働いていたが、ナチスの台頭で、ラビの父親と母親、妹と弟の暮らす実家に帰る。
実在モデルはピンチャス・ローゼンバウムという人
フィレンツ
エレクの同郷の友人でブダペストでの勤務先も一緒だった
ラヨス
エレクの友人
ハンナ
まだユダヤ人弾圧が緩やかな頃にダンスホールでエレクと出会う
レイチェル
ハンナの妹。フェレンツと親しくなる
ヨージェフ
エレクとフェレンツの働く店の店主。髭のじいちゃん
アダム
家族全員が処刑され孤児になった少年。エレクとハンナによって修道院へ預けられる。
ハンガリー政府
ホルティ
ハンガリーの摂政。ユダヤ人に寛容
サーラシ・フェレンツ

Bundesarchiv CC bySA3.0
ハンガリー矢十字党党首。反ユダヤ派
コヴァルツ
矢十字党の党員
ナチス幹部
アイヒマン
親衛隊中佐
ユダヤ人の青年を労働奉仕へかりだし、家に残った老人と女子供を収容所へ送る
スコルツェニー
親衛隊中佐
矢十字党サーラシと手を組み、ホルティからハンガリー政権を奪う
「ウォーキング・ウィズ・エネミー」のあらすじネタバレなし
1944年。戦火はまだハンガリーには届いていません。
酒の席ではユダヤ人を差別的に扱う者もいて、ケンカが起きることはありますが、生活区域が厳密に分けられているわけではなく、比較的平穏です。
エレクは、実家を出てブダペストのレコード店に勤めています。
ダンスホールで美しいハンナと出会い、翌朝は寝坊して仕事に遅刻する気楽で平凡な青年の毎日は、ナチスのハンガリー侵攻で一変します。
ナチスがやって来たというニュースを聞いた店の主人ヨージェフは、エレクとフェレンツに「いくら払ってでも汽車に乗り郷里へ帰れ」と言って、店のお金を渡しました。
ふたりは無事に実家のある街にたどり着き、たまたま出会った近所のファルカシュさんの荷車に乗せてもらって家に帰りますが、そこここに「ユダヤ人の青年は全員明日から労働奉仕をすること」と貼り紙がされています。
これからどうなるのか分からず不安なエレクは、家の近くの教会を尋ねます。
牧師のバラシュは、ユダヤ人のために偽の洗礼証明書を書いてくれる人物でした。
エレクは妹に「もしもの時に使え」と洗礼証明を託します。
父親はラビです。
その証明書を使うことを了承するかどうか…。
労働奉仕の現場は、強制収容所とあまり変わりません。
宿舎は3段ベッドでトイレや浴室があるようには見えません。
病気になった者は銃殺され、大けがをしてもそれまでと同じように働くことを要求されます。
そこへアメリカの飛行機がやって来て空爆が始まりました。
混乱に乗じて逃げ出したエレクとフェレンツが歩いて家に着いたのは、翌日の夕刻でした。
フェレンツの自宅ではファルカシュの一家が食事をしています。
わけがわからず家族の行方を聞くフェレンツをファルカシュは「俺の家から出て行け」と追い出し、大声で憲兵を呼ぼうとします。
しかたなくフェレンツはエレクの家に逃げました。
家は荒らされ、暗がりでエレクが茫然としています。
割れた額の裏には洗礼証明書が。
妹が父を説得できずに諦めたのか、それとも証明書を取り出す暇もなくどこかへ連れて行かれたのか…。
ナチスがユダヤ青年を労働所に集めた目的は、住宅街を女子供だけにすることだったのです。
非力な者たちは、いとも簡単に連れ去られたことでしょう。
行くあてもない二人は、ユダヤ人の共同住宅としてあてがわれた家へ向かうことにします。
黄色い星のマークのあるその家にいるユダヤ人は、スイス領事館の発行した保護状を持っている人々です。
保護状の保有者をナチスが連行することはできないので、収容所ではなく黄色い星の家で暮らすことが許されているのでした。
その家にはダンスホールで会ったハンナもいると分かり、エレクは喜びますが、ハンナは家へ帰って来る途中でドイツ親衛隊のふたりにつけられてしまいます。
男たちはハンナの逃げ込んだ家に平然と入り込み、慈悲を請うハンナの父を銃で撃つと、寝室へハンナを引きずって行きます。
ドアの向こうからハンナの悲鳴が聞こえます。
また一段と高い悲鳴が。
エレクはドアを破って部屋へ入ると、ベッドの端に置いてあった拳銃で男を撃ち殺しました。
もう一人の親衛隊員がエレクに襲い掛かり殴りつけますが、ハンナが頭を殴って殺します。
親衛隊の軍服を着たふたつの死体は、布にくるんで倉庫の床に埋めました。
この二着の軍服が、多くのユダヤ人の命を救うことになります。
「ウォーキング・ウィズ・エネミー」感想など
「ヒトラーの忘れもの」を見た時には、「WWII時のデンマークがどうなっていたのか知らなかったなー」と思いながら見ていました。

同様に、ハンガリーがどうなっていたのかも考えたことがなく、アイヒマンがハンガリーにいた時期があることも全然知りませんでした。
ホルティはヒトラーをよく思わず、ユダヤ弾圧には反対していましたが、ドイツとは同盟関係にあり、ソ連へ宣戦布告せざるをえなかったと。
元々、立場のとりかたの難しい場所に位置する国だなと思います。
ホルティとヒトラーが一緒に写った写真がありました。

PublicDomain
悲惨な歴史を描いた作品ですが、痛快な場面もある映画です。
ユダヤの一コミュニティとナチスの力の差は圧倒的で、勇敢さやヒューマニズムだけではとても立ち向かえません。
無力な店員がその知力と機転で矢十字やナチスの親衛隊から同胞を助ける過程には胸が躍ります。
でもエレクは、救えば救うほど、救えなかった人のことが思い出され、ますます危険なほうへとのめり込んでいきます。
あれをどう止めたらいいのか。
救いに行くから救えなかった人が増えていくのです。
じっと隠れていれば、自分以外の誰も助けることはありませんが、助けられなかったと意識することもありません。
平和な社会での出来事をこの時ハンガリーで起きていたことと同じように語るのはおかしな話かもしれませんが、こういう人っていますね。
人に奉仕するから尽くせなかった人のことが気になってしまう人。
終戦がもう少し遅かったらエレク自身の命もどうなっていたか分かりません。
エレクのモデルになったピンチャス・ローゼンバウム氏が生きて終戦を迎えたという事実が最後に分かって安心しました。
最後にドナウ川沿いの靴のオブジェが出てきますが、あそこは、映画の半ば過ぎあたりで矢十字と銃撃戦になった場所です。

Tamas Szabo CCbySA3.0碑文は「1944年から1945年 矢十字兵に撃たれドナウ川に転落した犠牲者を悼んで 2005年4月16日」とあり、一度きりのことではなく、たびたびあの場所で処刑が行われていたことを想像させます。
ハンガリーには「恐怖の館」という博物館があり、ナチスや矢十字党に関する資料が展示されているそうです。
ナチス軍服関連映画
ナチスの軍服で幹部に成りすます話は他にもあり…
ミケランジェロの暗号
収容所にいたユダヤ人青年がある方法で将校の軍服を手に入れ、母を逃がす物語。
父親の秘蔵していたミケランジェロが切り札になります。
緊迫した状況が続く作品ですが意外にコメディ風味で湿っぽさはありません。おすすめです。
ちいさな独裁者
こちらは、思いがけず将校の軍服を手に入れた脱走兵が、総統直々の特別任務にあたる大尉として行動する話です。
ニセ大尉は、「脱走兵や脱獄囚が多くて困っている。即決裁判で処刑したい」と訴える隊長に出会い…というお話。
実話です。


