おまさの話
勇五郎とふたりで逃げたおまさは、様子を探るため粂八の旅籠「鶴や」へ向かいます。
鶴やでおまさを待っていたのは平蔵でした。
おまさは、「山田屋をやったのは勇五郎ではない」と必死に言いたてます。
山田屋の惨状は、狐火のやり方ではない。去年お頭は死に、実子の勇五郎があとを継いだけれども、腹違いの弟文吉は、それに納得せず、分派して好き勝手に狼藉を働いている。山田屋に入ったのは、文吉の一味に違いない。
これがおまさの主張です。
山田屋が勇五郎の仕業でないことは、平蔵にも見当がついていました。
でもおまさが「勇五郎は今夜文吉と会うので、そこへ行って文吉をつかまえて下さい」と言うと、「自分の男を守るために盗賊改めを利用しようというのか」と激しく怒り、「失せろ」と怒鳴りつけます。
おまさは、何も言えず、逃げ出すように鶴やを出て行きました。
粂八が、あとをつけます。
勇五郎と文吉
勇五郎とおまさは、文吉の隠れ家へ向かいます。
文吉を殺すつもりですが、隠れ家には何人もの手下がいます。
勇五郎とおまさだけでは、とてもかなわないでしょう…でもその時火付盗賊改めが、到着しました。
文吉一味は、次々と倒され、ひったてられて行きます。
静けさが戻った隠れ家の隅で、おまさが、勇五郎の怪我を手当てしています。
平蔵が勇五郎とおまさに下した裁きは、「ふたりで即刻江戸を立ち去れ」
堅気になると約束する勇五郎に「その証文をもらう」と言う平蔵の刀が一閃、勇五郎の右の手首が斬り落とされました。
明日から勇五郎は、おまさとまっとうな暮らしをすることになります。
目白台の辰
久栄が、目白台の私邸にやって来ました。
このところ息子の辰蔵について良くない噂を聞くことがあるので、しばらくこちらに暮らすつもりです。
辰蔵は、「目白台の辰」と呼ばれ、ケンカに明け暮れています。
辰蔵を呼び出すお豊
「あんたに会いたいと言う人がいる」と言われ、辰蔵が案内された部屋で待っていたのは、お豊でした。
奥の間には布団が敷かれています。
お豊は、辰蔵を篭絡するつもりなのでしょう。
でも「よく似たお侍がいた」と言い、その侍の言っていた「呪文」を唱えてくれとせがむお豊は、今もその侍に特別な気持ちを持っているように見えます。
辰蔵が言われるままに唱えた呪文は、
「親もいらねば主もいらぬ。お前がいればそれでいい」
盗っ人宿の若侍
盗賊改めが賭場で捕まえた小物を叩くと、とんでもない話が出てきました。
「清澄町の盗人宿に目白台の辰という若侍が出入りしている」
辰蔵は、平蔵に盗人宿のことを聞かれると、家を飛び出して行ってしまいました。
平蔵は、辰蔵を放っておくことにします。本当に悪いことはしない青年です。
お豊の元には辰蔵からの手紙が届きました。切れ状のようなものでしょう。
平蔵おろし
切り札と思っていた辰蔵が去り、お豊は次の策にでます。
まず盗賊改め同心岡村の女房が斬られました。
その葬儀の最中に今度は役宅の門番が殺されます。
「当分の間、決して一人で市中の見回りに出てはならぬ」
そう平蔵が話している間に半鐘が鳴り、それから江戸は連日の付け火に悩まされます。
お豊は、江戸を荒らし、平蔵を盗賊改め長官の座から引きずり下ろすつもりです。
平蔵の策とお豊の決断
「おまさが、戻ってまいりました」
粂八が、平蔵に言います。
勇五郎は、流行り風邪で死んでしまったのでした。
「ほんの数か月でも夫婦として暮らせた、思い残すことはない」とおまさは、改めて平蔵に頭を下げ、「もう一度犬として働きたい」と願い出ます。
おまさは、大坂の白子の菊右衛門が平蔵おろしを仕組んでいるという噂を耳にしていました。
白子は荒神のお豊という女と手を組んでいるとも。
「荒神のお豊」
平蔵には覚えのある名前でした。昔の女です。
このところの江戸荒らしは、自分を狙ってのことだった分かると、平蔵は、粂八に「盗賊改めが上方に目をつけ、江戸じゅうの街道に網を張っている」と噂を流すよう命じました。
各街道口に盗賊改めが集まるのを確かめたお豊が、とうとう言います。
「今夜やるよ」
役宅の捕り物
役宅では手練れの精鋭が、刺客が攻めてくるのを待ち受けています。
久栄は、もともと目白の私邸です。
手薄になったところへ攻め込んだつもりの源蔵らは、袋のネズミでした。
源蔵らと斬り合う同心たちに混じって辰蔵の顔も見えます。
最後は、源蔵と平蔵の一騎打ちです。
駆けて来た辰蔵の眼前で平蔵は、源蔵を斬りました。
呪文を解く呪文
同心らが、お豊の見世物小屋を取り囲んでいます。
ひとりで入ってくる平蔵を落ち着いたそぶりで迎えたお豊は、なおも匕首で平蔵を刺そうとしますが、簡単にかわされます。
お豊の手首をつかんだ平蔵が、耳元で何かを言いました。
辰蔵にまでそれを唱えるよう要求したあの呪文でしょう。
それを聞くとお豊は、匕首を柱に突き刺し、盗賊改めの待つ戸外へと歩いて行きました。
もう一度聞きたいと願い続けた言葉を聞けた言葉を聞けた今、思い残すことはない。
お豊のしゃんと伸びた背筋は、平蔵にそう言っているように見えます。
鬼平犯科帳劇場版の感想など
前半は「狐火」ですが、後半の話は新たに作られたものでしょうか。
平蔵の昔の相手で「お豊」と言えば、「艶婦の毒」に出て来る京都の女がいますが、あのお豊から着想を得た新しい登場人物?
「艶婦の毒」のお豊は引き込み役で、盗賊頭などではありませんでしたし、平蔵に接触しようとすることはなく、最後まで平蔵のことを覚えていないふりをしていました。
おまさとお豊。
ふたりの女性の果たされなかった恋を軸に進行する物語になっていますが、並行して進むわけではなく、その妙味がいまひとつ味わいにくいように思いました。
どちらか片方の話だけで一本の映画にしてくれた方が良かったなーと言うのが率直な感想…。
長さの問題なのか。
「狐火」は、アニメ鬼平にも入っている話で、あちらは正味20分ちょっと。
それだとちょっと短すぎて、1時間45分の映画では長すぎる…。
鬼平犯科帳一篇には、TVドラマの正味45分というのが、ぴったりはまる時間なのでしょう。
お豊が最後に言う「不幸な人間はいつまでたっても不幸なまま」という言葉には、残酷な真理があるなーと思います。
幸せは幸せを呼び、不幸は不幸を呼ぶ。
これが世界の真相です。
どうしてそうなるのだろうと、子供の頃からずっと疑問に思っていました。
今なら分かります。
結局のところ、不幸を感じやすい人と幸福を感じやすい人の違いです。
「気の持ちよう」とか「幸せはいつも自分が決めるんだなぁ」とかの話とはちょっと別のことです。
世の中には「不幸を感じやすい人」と「幸福を感じやすい人」がいますが、人は、自分の感じたいことしか感じられないようにできているのもまた事実。
つまり
「不幸を感じやすい人」とは「不幸を感じたい人」で、言いかえると「不幸になりたい人」なのです。
思い通りになっているのにそれに気付くことが出来ず、この世界への恨みを別れた男への憎しみに凝縮しているのがお豊です。
それでもお豊に不快感を感じないのは、その内奥を決して人に見せないから。
死に際も美しく散っていくことでしょう。
弱さを女の武器にせず、氷の美貌に隠し続けたお豊の生き様に喝采を送りたいです。