ミロシュ・ラオニッチMilos Raonicのテニスデータ,経歴など

ミロシュ・ラオニッチ(Milos Raonic)はカナダの男子テニス選手です。

生まれはモンテネグロで、3歳の時に家族でカナダに移住しました。

「ラオニッチ」という姓は、セルビア・クロアチア語の発音に近い表記で、英語風に「ラオニック」と表記されているのも見かけます。

ミロシュ・ラオニッチのデータ

ミロス・ラオニック-男子テニス選手

si.robi CC bySA2.0

名前ミロシュ・ラオニッチ/Milos Raonic
カナダ
生年月日/年齢1990年12月27日/28歳
身長/体重196cm/98kg
利き手とバックハンド右利き/両手バックハンド
現住所地モンテカルロ(モナコ)
コーチファブリス・サントロ/Fabrice Santoro
好きなサーフェスハードコート

長身を生かしたサーブと強いフォアが強みの選手です。

憧れの選手はピート・サンプラス、趣味は映画だそうです。

ミロシュ・ラオニッチの経歴など

ユーゴ解体で北米へ

モンテネグロからカナダに移民したラオニッチ家と紹介されますが、当時「モンテネグロ」という国はありませんでした。

カナダへ移ったのは1993年、「ユーゴスラビア社会主義連邦共和国」が解体され「ユーゴスラビア連邦共和国」へと変わった頃です。

「ユーゴスラビア連邦共和国」とは、セルビアとモンテネグロの連邦のことであり、その後「セルビア・モンテネグロ」と国名を改めます。

モンテネグロとセルビアが、個別の独立国になったのは2006年でした。

おじさんの Branimir Gvozdenović 氏は、モンテネグロの副首相です。

文武両道で飛び級

ラオニッチが家の近所のテニスクラブで初めてテニスをしたのは6歳頃。でもすぐに引っ越すことになり、ラオニッチは一度テニスから遠ざかっています。

1~2年後、ラオニッチが父親に「またテニスをしたい」と話し、この時からテニス人生がはじまります。

早朝と放課後の練習を毎日欠かさないラオニッチは、出席時間を減らすことを学校から許可されますが、勉強にも励み、中学校課程の82%を修了したと認められて1年早く卒業することができました。

2007年、新しく設立されたカナダ国立テニスセンターに練習拠点を移し、2008年プロに転向。

ラオニッチ-ミロシュ 男子テニス

Christopher Johnson CC by SA 2.0

ATPランキングTOP10に

2011年にSAPオープンツアー初タイトルを獲得し、この年のATP最優秀新人賞に選ばれます。

その後、グランドスラムやマスターズ1000での優勝こそないものの、セミファイナル、ファイナルの常連になり、2016年にはキャリアハイの3位までランキングを伸ばしました。

怪我

2017年初めに右脚に負った負傷が長引き、欠場や途中棄権が目立つようになるとランキングは24位まで下がります。

ラオニッチはこれまで3度の手術を受けています。

最初は2011年(右臀部)、次に2015年(右足)、最後は2017年(左腰)。

2019年の全豪オープンでは準々決勝に進出するまでに復調してランキングも20位以内に戻って来ました。(2019年3月初め時点で14位)

ミロシュ・ラオニッチと錦織圭

英語版のWikipediaにラオニッチと錦織について書かれた項目が…
Milos Raonic|Wikipedia

書いてあるのは

よくライバルとして挙げられる錦織とラオニッチは、対照的な個性を持つ選手

ラオニッチは「体格とサーブ」、錦織は「予測とスピード( “savvy and speed”)

でも共通点も

→どちらも国で最初のトップ10テニスプレイヤー

→どちらのキャリアハイも4位以内で、2015年5月には両者ともトップ10の最年少選手だった

だとかそんなことです。

ラオニッチvs.錦織詳細と最新データはここで見てください
Kei Nishikori VS Milos Raonic